作品紹介

第8回浜松市民オペラ「音詩劇 かぐや」

作品について

『薄紅色(うすくれない)に頬染めて 綴りし歌よ 消えゆく風のいたづらか 時さえ留まる』……狂おしいほど愛しい心のまことを伝え合う命(みこと)”青元”と、姫”かぐや”。

一方、元老として自身が統治する銀河の「秩序と掟」を重んじ、息子”青元”と対立する”羲元”。

また、ある春の宵、ばばの髪に花で作ったかんざしを飾る、幼いかぐやの小さな小さな手を思う”じじとばば”。

それぞれの大切な思いが錯綜する。

音楽は その物語を超えて ダイレクトに人の心に入り込む。

愛に溢れるそのメロディも、色彩感に富むハーモニーも、極上の歌声と管弦楽の豊かな響きに運ばれて人の心の奥深く入り込み、人の心を揺り動かす。

曲 鳥山 妙子

色彩感豊かな音楽的語法、確かな技術に裏打ちされ構成観を備えた音楽、また「歌」を書ける作曲家として評価されている。
浜松学芸中・高等学校、清竜中学校、光が丘中学校、佐久間中学校の新校歌は、生徒たちと親、先生にも人気がある。

主な舞台・映像音楽作品として、アクトシティ浜松開館5周年記念「銀河鉄道の夜」、浜松市制90周年記念(第1回)こどもミュージカル「デイ・ドリーム」、浜松市制100周年記念 音詩劇「かぐや幻想」、映画「いのち」等があり、近年では、2017年クリエート浜松で上演した実験的作品「デッサン」が翌2018年オペラ「何故・だから」となり大好評。更にその拡大版/オペラ「真昼の夜想曲」は、令和元年度文化庁芸術祭参加公演(音楽部門)として採択され、横浜市で上演し、翌2022年、第8回浜松市民オペラ・プレイベント「鳥山妙子作曲作品 個展」で改訂版を再演。これら3つのオペラ公演はいずれも終演後観客アンケートで9割以上の高評価を得た。

東京藝術大学音楽学部作曲科卒。浜松市出身・在住。

作 荒井 間佐登

東京藝術大学卒業。その後、ヨーロッパ各地を遊学。
帰国後は日本オペラ協会等で舞台監督、演出、プロデューサーを担当し、観世栄夫、武智鉄二、大賀寛各氏の薫陶を受ける。文化庁大規模派遣公演としてワルシャワでオペラ「袈裟と盛遠」をプロデュース。FIFAワールドカップ記念公演オペラ「春香」(横浜)、「蝶々夫人」(プラハ)の演出等。日本オペラ協会では「高野聖」「袈裟と盛遠」「春琴抄」「天守物語」(いずれも、新国立劇場)の演出・美術等。シンプルにして美しい造形、光と色使いの素晴らしさに定評がある。

浜松市に関連し、浜松アリーナ開館記念ファンタジー「クリスターナ」、アクトシティ浜松開館記念音楽劇「E.T.F.ショパン」、「銀河鉄道の夜」、音詩劇「山月奇譚」・「かぐや幻想」(アクトシティ浜松他)の演出・美術・脚本等。

近年では、新作オペラ「天生」(2015年飛騨市)、「デッサン」(2017年)、「何故・だから」(2018年。クリエート浜松30年記念事業)、「真昼の夜想曲」(今和元年度文化庁芸術祭参加公演、2019年横浜。改訂版、2022年アクトシティ浜松)、の脚本・演出・美術を手掛け、成功を収めている。
神奈川県出身。

「音詩劇 かぐや」あらすじ

“銀河”とは有りて有る世界、この世である。“月”はその銀河に有って、黙示的なるものの象徴である。銀河の元老である義元(ぎげん)は、天空の秩序の維持が第一義であると考えているが、義元の息子青元(せいげん)はそれに反発している。

【第1幕】
広場では“銀河”の祭りが開かれている。その騒ぎの中、青元と“月”の姫であるかぐやは運命的に出会う。しかし義元の家来により二人は引き裂かれる。別れ際、青元は身代わりに「笛」をかぐやに託す。

かぐやは青元との仲を引き裂かれたことにより深く傷ついている。
月光院(がっこういん)とその侍女たちはかぐやの心を取り戻すために蒼き水の惑星にかぐやを送る事とする。

〈ここに現代日本を舞台に「竹取物語」を語って聞かせる親子のシーンが挟み込まれる。〉

月まどかとその侍女たちの歌に導かれ時空は推移し地球からの月景色へ変化、“十五夜”のじじ・ばばの館となる。

丈(じょう)弦(げん)は「じじ」としてかぐやを育てている。おなじく華(か)月(げつ)も「ばば」としてかぐやを共に育てている。幼な子かぐやは成長し、娘かぐやとして登場。笛を習っている。なかなかの腕前である。

やがて侍女たちが登場しかぐやのヴァリアを解き放つと、娘かぐやはかぐやに戻り、幸せを取り戻した思いを歌う。このままずっとじじ・ばばと共にいることを願うが、その願いは叶わず、かぐやは絶望する。

【第2幕】
月光院に導かれるように青元が現れ、かぐやと再会する。だが青元は幻だったのか、和歌を口づさみ徐(おもむろ)に消える。かぐやは青元と別れ、じじ・ばばとも別れなければならない運命を嘆く。そこにばばからの別れの言葉が聞こえてくる。

華月(ばば)は一人、かぐやの旅立ちの衣を設(しつら)えている。そこへ月光院が現れ、「さだめのとき」が来たことを告げる。

出会いの喜びと別れの哀しみ、それを乗り越えて行こうとする果てしない人の想い。月光院が帷を開けると、冒頭の“銀河”の祭りの人々は何事も無かった如く大海原(銀河宇宙)の営みを見極めようとしている。